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河口画伯の最新作

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 4月 5日(水)21時52分3秒
  CHK12に画伯の最新作“ エーヤワディー川の中洲(ミャンマー) ”
が載っています。
開いてみて下さい。

http://chk12.info/

 
 

合同展のご案内

 投稿者:河口友彦  投稿日:2017年 4月 1日(土)19時47分11秒
  志村さんから掲題のポスターが届きましたので、ご案内いたします。正勝さんの川柳が入っていませんがご容赦ください。5月2日から5月31日迄です。ご都合を付けて是非ご来場ください。  

川柳で参加

 投稿者:suzukimasakatu  投稿日:2017年 4月 1日(土)16時21分31秒
  *五月に、在京の画伯、彫師の皆さんが合同で展覧会を開催するという話を志村さんから聞き、ものは試しと「川柳で参加できないものか」と志村さんに伺った所、快く「OK}との、御返事をいただきました。ありがたいことです。さっそく制作に取り掛かっています。最近の私は、時々、川柳に「俳画」のような画を添えています。
川柳は私が作り、字と画は家内が描くと云う夫婦共作としています。「夫唱婦随」の川柳版です。
川柳が主か。画が主かという失礼な疑問を発する御仁も無きにしも非ずですが、
あくまで主は川柳です。

・追伸 4月20日から25日まで、大阪の梅田の画廊で開かれる私の知人の展覧会のポスターを志村さんに描いてもらいました。
ポスターも立派な絵画ですね。額に入れて知人にプレゼントします。
それにしても、私の川柳が箱根の山を越して東京で披露できるとは嬉しいかぎりです。     鈴木正勝 拝


 

伊東夫妻と滑りました

 投稿者:高橋俊次  投稿日:2017年 3月11日(土)22時08分4秒
  今シーズンスキーの2月は恒例の志賀高原ツアーに続き、久しぶりに
ニセコスキーに参加しました。今回はニセコビレッジエリアの宿泊で
ホテルがちょいとシャレていて雰囲気のあるスキー滞在でした。
3月は11期の伊東祐一郎、樹子夫妻と蓼科のブランシュたかやまスキー場で
滑りました。伊東さん馴染みのペンションに泊まり遅くまで一杯やりながら
談笑しました。樹子姉とは何年か前、八ヶ岳でお会いして以来です。
樹子姉は今シーズンすでに10回以上もブランシュに来ているという
スキーマニアです。ご一緒できてよかったです。
私の今シーズンのスキーライフはこのブランシュでラストにしました。
来週からはテニスを頑張りたいと思います。
アベ政治のストップ活動もいろいろありますね。俊。
 

回想録「九州路・海岸線の旅 東京から門司、中津、大分まで」

 投稿者:具志  投稿日:2017年 2月25日(土)23時06分0秒
  [雑感]
去年の10月下旬に回想録「日本一周海岸線の旅」で山陰路を書き終えて、残る九州路、四国路の旅行記を年が明けたら書きはじめようと思っていましたが、年末に菊池君の訃報、そして北上君の50年ぶりの札幌の大雪の話題などを読ませていただき、年が明けてからは大相撲初場所で稀勢の里の初優勝と横綱昇進の話題で浮かれた気持ちでいるうちに2月も終盤を迎えてしまいました。
実を言えば、上方から始まったといわれる「恵方巻」を食べる風習は最近では全国的に広まっているようですが、今年の節分の時期に「九州路」を大分まで書き終えて、いざ掲示板に投稿する段階でその原稿を私の指先のたった一度の動きでパソコンからすべてを消失させてしまい、今日やっと改訂版を書き上げた次第です。今年は少しピッチをあげて書こうと思いますので、長文で稚拙な旅行記で恐縮ですが今年もよろしくお願いいたします。

回想録「九州路・海岸線の旅 東京から門司、中津、大分まで」

2012年12月9日(日)いよいよ今日は「九州路・海岸線の旅」出発の日だ。少し肌寒い朝だったが早めに家を出て府中・国立ICに向かった。中央自動車道は日曜日だったせいか渋滞もなく順調に走り、岡谷JCT、小牧JCTを過ぎ名神高速道路に入ってからも殆ど予定通りに走ることが出来た。今回の計画では九州路の玄関口、門司までは中央自動車道、名神高速道路、山陽自動車道を乗り継いで下関まで走り、下関からは国道2号線で関門トンネルを潜り、九州路に入る積りだったが、東京から下関までは1000km位あるので山陽自動車道のどこかで一泊するつもりだった。神戸JCTを過ぎ、山あいの道をしばらく走ったあと、時計を見ると3時を少しまわっていたので急遽、山陽姫路東ICで高速道を降りて「東横イン・姫路駅新幹線南口」に泊まることにした。

12月10日 山陽自動車道を山陽姫路東ICから岡山、広島、山口の3県を通り360km程走り、更に70km先の下関ICで高速を降りて国道2号線に出た。下関と門司を結ぶ全長3462mの関門トンネルを抜け、左に周防灘を見ながら南下、途中左側の海上に見えてきた「北九州空港」のターミナルビルが西陽を浴びて茜色に染まっている姿は、まるで海に浮かんでいるようにも見えた。その後しばらく南に走った後、国道10号線で今晩の宿泊地、中津に向かった。

12月11日 「東横イン・大分中津駅前」をチェックアウト後、福沢諭吉旧居と福沢諭吉記念館を訪ねた。旧居は諭吉が長崎に遊学するまでの幼少期から19歳までの青年期を過ごした家で自ら改造して勉学に励んだといわれる土蔵も当時のまま残されており、隣接して建てられた記念館には「学問ノススメ」の原本や数多くの遺品などが展示されていた。
記念館を出た後、豊臣秀吉を軍事参謀として支えたといわれる黒田官兵衛が築いた中津城に立ち寄って再建された天守閣や当時の石垣、外郭を守るための土塁などを見学した。その後、県道23号線を東に走り伊呂波川の手前、宇佐市天津(あまつ)にある第35代横綱・双葉山の生家と資料館のある「双葉の里」に向かった。

復元された生家は13.5坪の藁葺き屋根の平家で、双葉山が過ごした当時の間取りを再現したものだそうで、隣には木造一階瓦葺きの休憩室を併設した資料展示室があり、展示室に入ると正面に双葉山の等身大180cmのブロンズ像が立っており、室内には化粧まわし、そして現役時代の新聞記事や写真など貴重な品々が数多く展示されていた。
「双葉の里」の広場には2011年(平成23年)12月に双葉山の生誕100年を記念して、前人未到の69連勝を達成した双葉山の他、63連勝の記録を持つ江戸時代中期に活躍した二代目大関・谷風、そして63連勝を達成した第69代横綱・白鵬の3力士の四股名と手形が彫られた八角形の高さ2.5mの「超六十連勝力士碑」と刻まれた立派な御影石造りの石柱が高さ30cm程の四角い石の台座に立てられていた。12月3日の除幕式には宇佐市長をはじめ地元の財界人と関係者、大相撲界からは横綱・白鵬、豊ノ島、旭天鵬等、関取衆も数名参列したそうで翌4日には宇佐神宮で白鵬の奉納土俵入りが露払い松鳳山、太刀持ち嘉風で執り行われ、地元、九州の大勢の大相撲ファンにも大変喜こばれたそうだ。
「双葉の里」の風景をカメラに収めた後、車に戻り、県道23号線を周防灘に沿って東に走る予定だったが、改めて地図と旅行雑誌を広げて次の目的地をどこにしようかと考えた時に「四季の絶景に魅了される景勝地“耶馬渓(やばけい)”」と書かれたガイドブックの活字が目に入った。予定にはなかった所だったが、一度は行ってみたいと思っていた所だったので計画を急遽変更し、国道10号線と212号線で耶馬渓に向かった。

「双葉の里」から1時間程走り、田園の広がる樋田地区(ひだちく)に入ると右手に耶馬渓郵便局があった。折角だからそこで車を停め、定額貯金をした後、風景印を押して貰った。局印には“耶馬渓郵便局(青の洞門)”と押されていた。風景印の景色が私にはよくわからなかったので局員に尋ねると、本耶馬溪の中でも屈指の美しさだと言われている“競秀峰(きょうしゅうほう)”と手彫りのトンネル“青の洞門”をデザインした印だとの説明だった。私は「競秀峰」はガイドブックで紹介されていた美しい紅葉に彩られた写真を見ていたのですぐにわかったが、「青の洞門」については、知識がなく、あまりよく理解できなかったので車に戻りガイドブックで調べてみたら次のような説明がされていた。

【昔は樋田から青(いずれも今は本耶馬溪)に行くには山国川の上にそそり立つ岩壁に張られた鎖を命綱にして渡っていた極めて危険な難所で足を滑らせて命を落とす者もいたそうだが、江戸時代中期、諸国遍歴の旅の途中、ここに立ち寄った曹洞宗の僧・禅海がここに洞門(隧道・トンネル)を掘り、安全な道を作ろうと托鉢によって掘削の資金を集め、石工達を雇ってノミと鎚だけで30年という長い年月をかけて掘りぬいた全長342mそのうち隧道部分が144mの素掘りのトンネルで、大正8年に発表された菊池寛の短編小説「恩讐の彼方に」は青の洞門を掘削した実在の僧、禅海の史実を描いた作品】と書かれていた。

折角だから「青の洞門」に行ってみようと思い、競秀峰の裾、曽木地区・青にある洞門に行ってみた。車で2~3分もかからなかった。隧道近くの路肩に車を停め、入口に向かうと“青の洞門”と彫られた1.5m程の高さの自然石が立てられており、左側には明治時代以降に造られたというバスが通れるくらいの縦・横3.5m位の隧道があり、その右側に1m幅位の車道と仕切られた遊歩道も造られていた。入口には信号機があり、上り下りが一方通行になっているらしい。
私は隧道入口からすぐ右手にある江戸時代中期に禅海と石工達によって30年をかけてノミと鎚だけで掘りぬかれた手彫りの洞門に入った。洞内は少し薄暗かったが右手奥の石壁を砕いて作った明かり採りから漏れてくる陽の光に照らし出されたノミと鎚で削りとった不揃いのゴツゴツとした岩肌が薄陽を浴びて鈍く光って見えた。洞内は狭いが、途中少し広くなったところに岩を削る姿の禅海と蓮の花の上に座った仏の石像があったが勿論、明治以降に彫られたものだろう。途中、石壁に開けられた大きな明かり採りの窓から下を覗いてみると耶馬渓の美しい山国川の清流が青く澄んでゆっくりと流れているのを見ることが出来た。

1時過ぎに本耶馬溪町を出てからは国道500号線を走り、切り立った岩峰に囲まれた跡田地区で「跡田簡易郵便局」そして更に奥の東谷地区で「東谷簡易郵便局」に立ち寄り局印を押して貰った。東谷の集落までは上り下り一車線の道だったが、しばらく走ると舗装はされていたが道は狭くなり、緩やかなアップダウンそしてヘアピンカーブも増えてきた。鹿嵐山の稜線の下を潜る「鹿嵐隧道」を越えてしばらくは狭い山道だったが宇佐市院内町にはいる頃には一車線の広い道に変わった。その先、院内町原口の信号を左折して国道387号線で宇佐神宮に向かった。
宇佐神宮には4時を過ぎた頃に着いた。全国に4万社あまりある八幡様の総本宮だそうで、建物は美しい朱色で屋根は檜の皮を重ねて造られた檜皮葺きで、檜皮には苔が生えていて、なんともいえない歴史の重厚感を漂わせていた。八幡造りの本殿で参拝をしたが一般的に神社の参拝は「二拝二拍手一拝」と言われているが宇佐神宮では出雲大社の様に「二拝四拍手一拝」が参拝の作法だそうだ。

今日は昼頃に宇佐市天津の「双葉の里」を訪ねた後、南に走り耶馬渓に行くために周防灘の海岸線から結構内陸に入りこみ、そのまま国道500号線を走り宇佐神宮まで来てしまったので、日豊本線と沿って走っている大分県道23号線の海岸線道路、約73kmを走り損ねたが、宇佐神宮から国道213号線を北上し、再び周防灘に流れ込む桂川の河口から国道213号線の海岸線に戻り、大分県の北端、伊美港のあるかつての“国見町”国東半島(くにさきはんとう)の東側、瀬戸内海に面した国東港、そして別府湾の海岸線を走り、今晩の宿「東横イン・大分駅前」に向かった。

  上段の写真 福沢諭吉記念館
  中段の写真 超六十連勝力士碑
  下段の写真 青の洞門

 

ミャンマー

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 2月25日(土)11時29分52秒
  無事に帰ってきて何よりでした。ミャンマーは直行便も少なく、河口兄の旅行中に暗殺騒ぎのあったクアラルンプール経由の便もあるので心配していました。掲載画像を見るとやはりアジアだと感じますね。タイやベトナムに行ったことがありますが、寺院などはそっくりですね。
ミャンマーの景色は、いずれ、友ギャラリーに登場することでしょう。楽しみにしています。
機会があったらお土産話も聞かせて下さい。

http://mixi.jp/view_event.pl?comm_id=468913&id=76608117

 

ミャンマー旅行

 投稿者:河口友彦  投稿日:2017年 2月24日(金)17時57分53秒
  2月8日から15日まで白門39会外国文化研究会第7回に旅行会でミャンマーに行ってきました。メンバーは7名、新参加者3名で事前打ち合わせ5回(内一回は高田馬場ミャンマー料理ルビーにて)実施するという熱の入れようでした。今回は通常のツアーに乗らないで、PLGというミャンマーの旅行会社にこちらから希望を云ってグループツアーを組んでもらいました。

ミャンマーは面積で日本の1.7倍、人口は半分、宗教は9割が仏教、あとはキリスト教、イスラム教他、150もの種族からなりインド、中国、タイ、ラオスに囲まれています。

今回の目的の一つは旧日本軍18万人の戦死者の慰霊というものでした。私事ですが、義理の叔父がこの地で戦死したので遺影を携えてまいりました。事前に「ビルマの竪琴」を読んだので、至る所が戦場に思えました。各地に慰霊碑が作られていましたが、感動したのはマンダレーの郊外ガンドージでの畑の中にあった陸軍墓地を訪れた時の事でした。農家の子供たちとおばさんが集まりお花を持ってきてくれました。 マンダレーでは湧き水井戸で日本軍休んでいるのを狙って英軍が狙撃したために多くの兵隊が亡くなったそうです。またシッタン川の寺院にあった慰霊碑にはこの川を渡っているところを英軍が狙い撃ちしたという事でした。ヤンゴンの日本人墓地は広大でたくさんの慰霊碑が建立さていました。

もう一つの目的は、事前にミヤンマー白門会の存在を知り、現地在住の後藤修身氏(理工学部)とメールのやり取りをして8日に会食を企画しました。もう一人勝木一卓氏(文学部)も加わり、更に立教大4年の井上瑛未さんがたまたまヤンゴンに2日前に入り後藤さんを訪ねた縁で一緒に食事をしました。彼女は現地の会社のインターンとして2カ月滞在するという事でした。我々の旅に花を添えてくれました。そして最後の日にもう一つの本人との出会いがありました。ヤンゴンで日本料理店焼肉“HORN”を営んでいる大館さんと程塚良男氏(中大応援部OB)とお会いして旅の締めくくりの会食をいたしました。

[見どころ]
1「ゴールデンロック」ヤンゴンから車で230km離れたゴールデンロックへは車で4時間、更にトラックで一時間。このトラックは48名がぎゅうぎゅう詰めで48名が乗るとスピードを上げジェットコースターのようなスリルを味わう事が出来ました。巨大な岩の上にチャイティーヨパヤと呼ばれる仏塔が金粉に覆われ微妙にバランスを保っていました。不思議というか厳かな気持ちに成る程敬虔な巡礼の地でした。
2 「シュエダゴン・パヤー」 ミャンマー最大の聖地でヤンゴンの中心にそびえ、その規模の大きさには驚かされました。いくつもの仏塔や仏像はとても華やかであり多くの参拝者が訪れていました。
3 「翡翠パゴー」 マンダレーに2017年完成したまだ新しい仏塔。全部翡翠で出来ているというから驚きである。たまたま訪れた日は満月で大勢の参拝者が集まってにぎわっていました。
4 「マンダレーヒルの夕日」旧王宮から近い丘の上からの夕陽は見応えがありました。中国人は見当たりませんでしたがフランス初め他の欧州人がめだちました。

[文化の違い]
1 服装 男女とも民族衣装のロンジーという布を巧みの巻きベルトなしで装うもの。
2 日焼け止め  タナカという木を摺り顔や体に塗り日焼け止めの効果もあるという。
若い子からお年寄りまで広く使われている。
3 トイレ事情 日本のウッシュレットは見かけず何処もホースに小さなシャワーヘッドがついて洗浄。田舎に行くと簡単にまたぐだけの便器があるだけ。
4 お墓事情 都会では火葬し散骨するので墓は作らない。地方では土葬なので墓を作るもお参りには行かない。家にお坊さんを招き祭りごとを行うという事。

まだまだ色々想い出話はありますが今回はこれまでとします。ともあれ全員が無事に帰国出来てほっといたしました。
                   河口友彦 記

 

八ヶ岳フェス

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 2月16日(木)19時39分57秒
  俊ちゃんもいろいろなところに出没しているようですね。

2014年のジャズフェスティバルで
高瀬龍一ビックバンド のピアノを担当していたようです。

http://mixi.jp/view_event.pl?comm_id=468913&id=76608117

 

ピアニスト板垣さん

 投稿者:高橋俊次  投稿日:2017年 2月16日(木)16時31分54秒
  JAZZライブの投稿見ました。
2、3年前、八ヶ岳野外ライブで板垣さんの演奏を聴いたことがあります。
最初は誰か知らずに聴いていたのですが、ふとパンフレットを見たら
板垣光弘の名前があり、記念パーティーでの記憶があったのでそれからは
気を入れて聴きました(笑い)。演奏後、声をかけようと思ったのですが、
いろいろ事情があって掛けずじまいでした。残念でした。
いまl-musicで板垣さんのbird and windというアルバムを見つけ、これを聴きながら
これを書いています。ギターとのデユオですが、躍動感あふれる演奏をしています。
何らかの繋がりのある人がこうして活躍しているのは気持ちよいですね。
そのうちどこかのライブでまた出会うかもしれませんね。
砂岡君投稿のCDはlーmusicにはありませんでした。スタンダード満載の1枚ですね。
ぜひ聴きたいものです。俊。
 

JAZZライブ

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 2月14日(火)19時47分4秒
  12日の日曜日の午後、新宿PIT INNで行われた、
板垣光弘君のピアノソロライブに行ってきました。

板垣君は、中央大学スイングクリスタルオーケストラ
のOBで、放研50周年記念パーティーで演奏して
貰いましたのでご記憶の方もいらっしゃるかと思い
ます。

河口君とは何回か一緒に行ったことがありますが、彼は
海外旅行中なので、今回は一人で行きました。

いつもは、ベース、ドラムスとのトリオで演奏していますが、
今回は、ピアノソロということで物足りないかなと思って
でかけたのですが、曲調を変えたプログラムでとっても
楽しめた2ステージでした。客席も満員近くの盛況で
盛上っていました。

(上段)ライブのパンフレット
(中段) Pit innでの演奏
(下段) 今回発売のピアノソロCD
 

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