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バゴダ

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 6月24日(土)19時52分54秒
  河口画伯の最新作“ シュエモードー・パヤー ”が、12期のホームページに掲載
されています。ミャンマーの仏塔バゴダです。とても高さが114mもあるとは
想われません。
私はミャンマーには行ったことがないのですが、徳島市の眉山の頂上付近でバゴダ
を見たことがあります。これは、徳島出身の戦死者の多くがビルマ(現ミャンマー)
だったため、徳島県ビルマ会が建立したものだそうです。

河口画伯の“ シュエモードー・パヤー ”は下のURLをクリックして下さい。

http://chk12.info/frndg2/pkup7.html

 
 

九州路 城下町臼杵から佐伯・竹田まで

 投稿者:具志  投稿日:2017年 6月19日(月)16時31分21秒
  ☆6月12日投稿した文中で臼杵城の前身「丹生島城」の送り仮名が間違っていましたので差し替えさせていただきましたのでよろしくお願いいたします。

12月13日(木)午前9時半頃、臼杵市のやや北部に位置し、大分県の史跡に指定されている臼杵城を訪ねた。群雄割拠で揺れる戦国時代にキリシタン大名・大友宗麟によって築かれた丹生島城(にうじまじょう・臼杵城の前身の城)は高さ20m程の小高い丘の上に建てられた山城で、外濠に架かる石橋・古橋を渡り城内に入ると道はすぐ左に折れ、突き当りの城の石垣を右に曲がると外濠から積み上げられた急勾配の城壁の上に重量感のある瓦屋根を載せた眩しい位の白い漆喰の塀が畳櫓まで続いていた。
塀に沿って二之丸へと続く幅2m程のゆるい階段状の登城道・鐙坂(あぶみざか)を登りつめると左手に2002年に復元された大門櫓、そしてそのすぐ先に畳櫓を見ることが出来た。畳櫓をくぐり中に入ると明治の廃藩後、天守以下建物は全部取り壊され、現在では広いグラウンドと西南の役で薩摩藩との戦いで犠牲になった臼杵藩士の霊を祀る「臼杵護国神社」そして「臼杵市営弓道場」があり、現在は臼杵城址・臼杵公園として、ソメイヨシノが1000本程植えられた桜の名所となっており、桜の咲く頃には県内でも有数の花見スポットとして、市民の憩いの場所になっているそうだ。

城を出てから車で西南西に20分程走り、臼杵市八町大路(中央商店街)の西の端、臼杵川近くにある龍源寺に向かった。ここは「関ケ原の戦い」の軍功により慶長5年(1600年)「郡上八幡」から「臼杵」に転封(てんぽう・幕府から領地替えを命じられて移ること)した臼杵藩主・稲葉貞通の創建で京都にある浄土宗総本山知恩寺の末寺だそうで、寺の殆どが西南戦争で焼失したが三重塔と山門は幸いなことに戦火を免れたそうだ。
山門を入るとすぐ左手に21.8mの三重塔が立っていたが、臼杵の名工と呼ばれた高橋団内が京都や奈良の木造古塔を参考に10年もの歳月をかけて安政5年(1858年)に完成させたそうだが、塔の内部には聖徳太子の像が安置されていることから「太子塔」とも呼ばれており、大分県指定文化財に指定されているそうだ。

龍源寺を出てから国道502号線を臼杵川に沿って30分程西南に走り、臼杵市深田丘陵の山裾にある「臼杵石仏公園」に向かった。
ここは国宝の臼杵石仏群を中心に豊かな自然や農村集落の風景が広がるのどかな公園で四季折々の花が咲き、季節ごとに違った顔を見せてくれる場所だそうで、石仏群入口で拝観料540円を払い中に入ると大きな木々に囲まれた山道に次々と石仏群が現れた。道はきちんと整備されているので歩きやすく、山道という感じはあまりしなかった。
露出した凝灰岩に刻まれた摩崖仏(まがいぶつ・岩壁に彫られた石仏のこと)は四群に分かれていて、地名によって「ホキ石仏第一群」「ホキ石仏第二群」「山王山石仏」「古園(ふるぞの)石仏」に分類されており“ホキ”というのは臼杵地方の方言で“崖”という意味の地名だそうで、ここには60体以上の石仏があり、うち59体が国宝に指定されているそうだ。

地元に伝わる伝説によると、臼杵石仏は今から1400年前、(飛鳥後期から奈良時代)真名長者(まなのちょうじゃ)の名で親しまれた「炭焼五郎」という長者(富裕者に対する呼称)が亡くなった娘の供養をするために都から大勢の仏師を招いて彫らせたと言われており、特に「古園石仏の大日如来像」は日本の石仏の中でも最高傑作の一つと言われているそうだ。

「臼杵石仏公園」からは国道502号線でJR上臼杵駅に戻り国道217号線で津久見市の緑豊かな宗麟公園にある戦国武将・大友宗麟のキリスト教式の墓に立ち寄った後、佐伯市にある佐伯城に向かった。

城は佐伯市街のほぼ中央、標高144mの八幡山の高台に慶長11年(1606年)豊後・佐伯藩、初代藩主・毛利高政によって築かれたそうだ。
第3代藩主・高尚の時に佐伯城の麓に造られた三の丸御殿、櫓門前には午後3時半頃に着いた。
佐伯城の天守閣は築城後ほどなく火災によって焼失し、わずかに残った城内の櫓、土塀なども臼杵城と同じように廃藩置県の際に取り壊され、現存する建築遺構は三の丸御殿の櫓門だけだが、城山を背景にどっしりと構えた櫓門は三の丸御殿の正門として寛永14年(1638年)に創建された江戸時代の城郭建築を色濃く残す歴史的建造物だそうだが、このほかにも城跡には現在でも石垣のほとんどが残っているそうだ。

三の丸御殿・櫓門から城山の麓に沿って養賢寺まで東に続く情緒豊かな石畳の道には毛利家12代の城下町の面影が残されており、「日本の道100選」にも選ばれており、今日では「歴史と文学の道」と呼ばれているそうだ。
佐伯城・三の丸御殿の櫓門を出て、石畳の道を左手に進むと左右を白い土塀に囲まれ、石段に沿った両側につつじの植え込みがある10段程の広い石段を登った所に立派な藥医門を構えた「茶室・汲心亭(きゅうしんてい)」が建っていた。
石段を登り、門の前に立って、建物の中を覗いて見ると、門から先には白砂利が敷かれた庭に1m四方ほどの丸みを帯びた大きな平たい敷石が七つほど正面の玄関まで続き、松やカエデの樹々に囲まれた静寂に包まれた佇まいの木造平屋建て、屋根は銅板葺きの茶室の本館玄関を見ることが出来た。ここは茶会、俳句会、生け花会、その他の文化活動をする憩いの場所になっているそうだが、普段でも有料だが中の茶室で美しい石庭を眺めながらお茶(抹茶)を楽しむことが出来るそうだ。

更に「歴史と文学の道」を東に進むと左側に門の両側に瓦屋根を載せた漆喰塀に挟まれ、2本の先の尖った丸柱に横木を渡した冠木門(かぶきもん)の武家屋敷が眼にはいった。門の前に置かれた大きな石に「国木田独歩館」と書かれていた。ここは元佐伯藩の上級武士・坂本家が3代藩主、毛利高尚の時代に当時、佐伯湾に流れ込む番匠川の河口にあった毛利藩の別荘「お浜御殿」の一部を天保10年(1839年)に、ここに移築した際に毛利家から譲り受けた建物で、屋敷は当時平屋建てだったがその時に二階建てにしたそうだ。

この家は明治の文豪・国木田独歩が英語、数学の教師として勤めた夜間学校・鶴谷学館(つるやがっかん)の館長だった坂本家の末裔・坂本永年の屋敷で、明治26年10月から翌27年7月までのわずか1年足らずではあったが、独歩が弟・収二と二人でこの建物の主屋の二階に下宿していた家だそうだ。
正面の玄関から中に入るとすぐ左側に受付があり、ここで入館料200円を払い館内に入った。ここは「独歩館」に改装する前は坂本家の台所や風呂場、手洗い所があった場所だったそうだが、現在はこの右手奥に二階に上がる階段があり、その横に国木田独歩や佐伯市を紹介するTV室があり、その前には武将が戦の時に戦場の本陣で座る本陣椅子を模した折りたたみ式の椅子が5脚ほど並べてあった。
その先の渡り廊下を渡ると白い漆喰壁の土蔵があった。ここは現在「資料展示室」となっており、一階の8~9帖程の広さの部屋の壁には独歩直筆の数々の「色紙額」が架けられ、ガラスのショーケースの中には、登山好きの独歩が二階の部屋からよく眺めていたという佐伯市の東南の方向にある山で、2度ほど登山したというお気に入りの山・元越山(もとごえさん、高さ582m)を書いた「元越山の登る記」の原稿や明治35年(1902年)にかかれた「非凡人」の初版本の表紙の絵などが展示されており、二階に上がるとガラス扉の大きな書棚があり、中には文豪・独歩に関連する書籍、そして数々の作品が棚一杯に並んでいた。館内を親切に案内してくれた佐伯市・職員の若い女性の話しによると独歩の書籍の殆どが平成15年の「国木田独歩館」の開館時に東京・神田神保町の古書店で買い求めたとの話しだった。書棚の前には小さな円卓が2卓あり、その周りには椅子も置かれ、書棚の本をそこで閲覧できるようになっていた。

主屋に戻り、階段を二階に上がると部屋が3つあり、中庭の小さな蓮池が見える手前の3帖の部屋が弟・収二の部屋で真ん中の3帖が共同スペースで「歴史と文学の道」側奥の部屋、窓側に“肘掛け欄干”のついた8畳間が独歩の部屋で窓側の右隅に座布団が敷かれ、その前に引き出しがついた小さな勉強机があり、机の上には右に硯箱、左側に小さな傘付きの電気スタンドが載っていた。
欄干に腰掛けて外に目を落とすと、つつじや松が植えられた質素な武家屋敷の庭だったが木々の枝もきれいに手入れされ、庭も掃き清められていて大変美しい眺めだった。

「歴史と文学の道」の一番東には佐伯藩・藩主であった毛利家の菩提寺、臨済宗妙心寺派の「養賢寺」があり、中に入ることは出来なかったが、瓦屋根を載せた漆喰の白壁の美しい塀に囲まれた銅瓦葺きの本堂の裏手には、歴代の藩主たちが眠る五輪塔が静かに佇んでいるそうだ。

佐伯城址の南側、往時をしのばせる石畳の武家屋敷の道「歴史と文学の道」をのんびりと散策し、養賢寺まで来た頃には時計も5時を少しまわっていた。
今晩は豊後竹田に宿をとったので、少し内陸に入るが国道10号線から502号線に乗り継いで竹田市にある「トラベルイン・吉富」に向かった。


上段の写真 臼杵城址
中段の写真 古園石仏、大日如来像
下段の写真 国木田独歩館



 

毒蝮三太夫放送

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 6月15日(木)06時16分34秒
  具志さん、詳細なレポートありがとうございました。
私が一昨年大分を訪問した折に行ったところとダブっていますので
とても懐かしく拝見しました。その時、佐伯には行かなかったので、
機会をみて行ってみようと思っているところです。

さて、6月8日に大森の「高齢者の居場所」に毒蝮三太夫が来るという
記事を投稿しました。

予定どおり、放送は終りました。想定どおり、参加者は殆どが女性で
志村君は貴重な男性参加者ということでインタビュー―を受けたよう
です。想定外だったのは、当日、毒蝮三太夫の高校時代の同級生という
男性と毒蝮三太夫のファンと称する同い年の女性が来ており、毒蝮三太夫
の関心もそちらに重心をかけてしまいました。しかし、志村君は、毒蝮三太夫
から、「紙芝居のおとっつあん」とか「冒険ダン吉」とか言われた何回か
登場していました。
私は、都内に居なかったので、放送を聞くことはできなかったのですが、
帰京してから、インターネットラジオの「radiko」のタイムフリー
(一週間で消去されますが過去の放送が聞けます)で、聞きました。録音
も録ってありますので、機会があればお聞かせしたいと思っています。
 

毒蝮三太夫

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 6月 4日(日)19時37分15秒
編集済
  三つの“ゆう”を紹介します。

① 一番目は「With 遊」:5月いっぱい、志村+αが「春の展示会」
  を開催していた東京荻窪の喫茶店です。

② 次は「ゆうcafé」:お馴染みの根津の隠れ家です。

③ そして最後は、“遊とぴあ”:これは、砂岡が、二年前から、
  東京大森で「高齢者の居場所つくり」をやっているところの
  名称です。

 パソコン教室や、映画鑑賞、麻雀教室などの活動を通じて、
 高齢者がいつまでも元気で暮らせるまちづくりをしています。

 助成金の申請や団体の経理・総務業務も一手に引き受けています。

 この場所に、志村君の力を借りることとし、月に一回、

 紙芝居の上演と映画解説をお願いしています。

 大田区のホームページに活動紹介を定期的に行っていたところ、
 この活動がTBSの目にとまり、

『 毒蝮三太夫のミュージックプレゼント 』
(TBSラジオ(AM954キロヘルツ・FM90。5メガヘルツ)

で放送されることになりました。

 放送時間 は、平成29年6月8日 木曜日  午前11時22分~11時38分の
 生放送です。

 この放送には、当然、砂岡も立ち会う立場にありますが、6月7日~9日まで、信州に
行く用事があり不在です。

 そこで、志村君に立ち会いをお願いしたところ、快く引き受けてくれました。

 志村君の声が聴けるかもしれません。お時間のある方は、TBSを聞いてみて下さい。

 残念ながら、この放送は関東ローカルなので遠方では受信できません。

 大田区のホームページは下記クリックで開けます。

(上段)毒蝮三太夫生放送
(下段)“遊とぴあ”で紙芝居を熱演

http://genki365.net/gnko05/mypage/index.php?gid=G0000570

 

5月の集い(第二弾)

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 5月29日(月)21時39分17秒
編集済
  5月27日(土曜)に、まず、荻窪の「春の展示会」会場「With 遊」に集合です。
5期の岡村先輩(「東京を描く市民の会」役員)も駆けつけて下さりました。

今回、正勝兄の川柳に素敵な絵を添えた色紙を出展してくれた香洋子夫人、
いつも出展している河口君、内田君、近藤君、胴元の志村君、それに
砂岡の8人が集まりました。

志村君とコンビを組んでいる童話作家の山庭さくらさんのお顔も拝見できました。
展覧会のあとは、同期の隠れ家的存在の根津の「ゆうcafé」へ。

ここで、若尾君、及川君も合流していつもの話になると思いきや及川君から
現役時代の秘話の一部が披露され、大いに盛り上がりました。
秘話の内容については、直接お尋ね下さい。

(上段) 「With 遊」で
(中段) 「ゆうcafé」(志村画伯の「七福神」の前で)
(下段) 「ゆうcafé」(河口画伯の「デンマークの農家」の前で)

http://chk12.info/

 

関ヶ原古戦場巡り

 投稿者:高橋俊次  投稿日:2017年 5月25日(木)17時54分9秒
  猛暑となった20日、念願の関ケ原古戦場巡りが実現しました。
名古屋からは近場ですが、これまで訪れる機会がありませんでした。
やっと実現し、戦国歴史絵巻を頭に描きながら歩き回りました。
行程上、体力上、西軍裏切りのあの小早川秀秋陣地の松尾山には
行けなかったのが残念でしたが、天下分け目の地を歩き、
関ヶ原合戦を"楽しみ"ました。ただ、汗ダラダラの1日でした。
8月に岡田准一の三成役で映画「関ヶ原」が公開されるようですが
訪れる人が増えるかも知れませんね。
写真上は三成陣地の笹尾山、中は敵中突破で有名な島津義弘陣地、
下は悲劇の大谷吉継陣地。
 

三社祭り

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 5月21日(日)19時27分19秒
  15年振りに浅草の三社祭りに行ってきました。
外国人が凄く増えていましたが、担ぎ手や
お囃子は日本人で三社の風情は残っていました。
5月とは思えない夏日で神輿を担いでいる人達は
大変だろうなといらぬ心配をしながら日陰から
見ていました。
あまり暑いので、休憩にJAZZライブのパブ
(通常は夜間のみライブですが、この日はマチネー
ということで昼もやっていました。)に寄って
一休み。バンドは南アフリカ人のボーカル、
パーカッション、アルトサックスのトリオで
乗りの良いアフリカンリズムが心地良かった
です。三社ということもあり、お客さんは、
ディスコもどきの態(熟女、シニア男性ばかり
ですが)で盛り上がっていました。

(上段) 雷門前
(中段) 浅草寺境内
(下段) HUB浅草店

http://chk12.info/

 

春の懇親会レポート

 投稿者:高橋俊次  投稿日:2017年 5月 8日(月)23時11分0秒
  ◯ 粒揃いの作品群

12期メンバーによる絵画等作品展が東京・荻窪のカフェ「with遊」で開かれており
6日名古屋から参加しました。当日は8人が集まりました。顔ぶれは昨日の砂岡君
投稿の写真でお分かりの通りです。13期の小須田さん、前田さん(いずれも旧姓)が
いつもと違う顔ぶれですね。前田さんは一番左の女性をしばらくはカフェの人だと
思っていたと告白。途中で紹介されて黎子ちゃんとわかり、えっーということにな
りましたが。卒業以来の顔合わせなので、当たり前田のクラッカー!(古い)という
訳でした。
さて作品群ですが、これはもう荻窪をのぞいてもらうしかありませんね。
ミャンマーなどベテラン河口作品、昭和が立ちのぼる志村絵画、きりりと締まった
近内日本画、一層精緻さを増した米山彫師、そして今回は正勝夫妻の句と絵の
展示が厚みを添えました。ただ小山作品がなかったのが寂しかったですね。
ぜひwith遊を訪れて下さい。
カフエではランチとコーヒーを楽しみながら談笑に花が咲きました。

◯ ジャズライブで盛り上がる

午後は都合で予定より人数が減りましたが、砂岡、河口、前田、高橋の4人が
新宿の老舗ジャズライブハウス「ピットイン」に向かいました。
この日は放研記念集会で演奏したことがあるピアニスト板垣光弘さんがリーダーの
8人編成バンドでパワーとパンチの効いた熱い演奏を展開していました。
砂岡君は板垣さんと交流があり、この日も15年前の記念集会の写真を
プレゼントして喜ばれていました。
3年前にも同じピットインで7人の同じメンバーで演奏をしたということですが、
今回は8人。誰が増えたのかと言いますと写真真ん中にいる美人フルート奏者の
中島  心さんです。美女ですねー、演奏もすばらしい!。
河口君は終了後、早速新作CDを購入、サインを貰いました。
当方もI. musicで中島  心アルバムを探し当て、いまそれを聴きながらこれを
書いています。イヤー、ライブに行って良かった。
前田さんも夫はジャズなら聴いてもいいよ、と言っているので、今度誘って
また来てみますと言っていました。紘子さん、夫婦ジャズ、いいですねー。

◯ 新宿で懇親会そして神田へ

夕方5時からは新宿の、エーと店の名前はいま思い出せませんが、魚と
こざっぱりした料理を食べながらビール、ワインで懇親会がはじまりました。
出席はライブ組に具志、斎藤、近内さんが加わり総勢7人。
話しはあっちへ行ったりこっちへ来たりいろいろでしたが、でもやはり多いのが
病気、体調、家族の動向ですね。特に今回は葬儀、墓論議に大いにハナガサイタ!!ようです。
でもまあ、いろいろ何でも話ができるうちがハナですから、やはり時々会って
みんなで楽しく話しをしましょう。
懇親会が終わり、それぞれ帰る方向別に分かれ散会しました。が、新宿駅に
向かった斎藤君を除いて地下鉄改札口でどういう訳かばったり。
具志君から神田へコーヒー飲みに行こうとの提案が出て反対者なく、
神保町を目指しました。目指すは具志君超こだわりの「サボール」、
連休でオープンかどうか心配されましたが、心配どころか超満員で
入れず、一旦は諦めましたが6人全員は無理としても3人なら少し待てば
何とかなりそうということで、具志、河口、高橋と3人が席を確保しました。
地下、中二階のある雰囲気のある古い喫茶店で美味しいコーヒー飲みながら
どういう訳か骨壺の話しをが出ていましたね(笑)。
帰りは具志君案内で裏通りをあちこち歩き、あのミロンガの前も通ったり
しながら、小川町のホテルにたどり着きました。
具志、河口両君には夜遅くまでありがとうございました。

てな訳で、久し振りの懇親会の1日が終わりました。レポートをと砂岡君言われ
いろいろ書き連ねましたが、一緒に遊んでいただいた皆さん、本当に有難うございました。
ではこれにて終わります。
写真はライブの時だけ遠慮がちに撮ったものを載せます。俊。
 

5月の集い(第一弾)

 投稿者:砂岡茂明  投稿日:2017年 5月 7日(日)10時14分52秒
  5月6日(土曜)荻窪で行われた「春の展示会」(12期芸術家集団が出展)で集まりました。
後日、俊ちゃんから詳細レポートがあると思います。楽しみにしていて下さい。

http://chk12.info/

 

春3題

 投稿者:河口友彦  投稿日:2017年 4月29日(土)20時34分49秒
編集済
  春満開!!
一気に花々が開花して気分爽快ですね。

① 佐倉のチューリップフェスティヴァル
② アンデルセン公園の八重桜
③ 秩父・羊山公園の芝桜

最近の写真より・・・・河口友彦撮影 
 

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